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statement : Naoyuki Iitaka


ある対象に対して私自身が興味をもつ部分は何かを考えるとき、必要ではない要素を取り除かなくてはなりません。たとえば、人の魅力を考えるときに外見は重要な要素となっています。そして、その印象は身体及精神状態、服装、メイク、状況などさまざまな要素で変化します。重要でない要素に引きずられないように注意して考えてみる事はなかなか興味深いことです。

写真は手段の一つです。言葉を選んでいえば、私にとって写真は魔法の鏡のようなものです。作品は導かれた真意の象徴であり、内なる領域の具現化。そして作品制作は自分との対話になります。自分は何を見たいのか、何を望んでいるのか、私自信が興味を持つ対象は何か、それは何を意味するのかと。

自分自身に向けた作品群ですが、ほかの人が見た場合にはどのような印象を持つのでしょうか。よろしければ感想をお聞かせ下さい。


私は作品群を視覚言語としてみています。 もしきれいな作品に仕上がっていても、 そこにきれいである必要性や必然性をみているのではないかもしれません。 表面的なきれいさを求めているのではなく、 深いレベルへ働きかけるものを、自分を通してみています。

本質を探すこと。

表面的な、例えば、プリントの良さや白塗の均一性だけを求めるのではなく、 それらの装飾的な部分を除いたあとにのこる核心を見たいのです。


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